keiri’s diary

Surfin'、音楽、Art、車、Snowboard、PC、ビジネスなどなど

私の救済支援活動参加後の状況、避難所の近況など

このブログでも何度も触れましたが、少し分かり難かったと思いますので、少しまとめてみたいと思います。
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震災以降、横浜に済む自分にも何かできないか?と考えていたところ、「 #99japan 」の存在に出会い、3/19に参加しました。
「 #99japan 」の活動は、特段の準備などが必要なものでもなく、在宅しながらもツイッターやネットを活用して支援を求めているをキャッチし、その方へ支援に繋がるアドバイスをしたり、支援の代行をしたりする、そんな活動です。
http://ameblo.jp/ktamiya/entry-10834899733.html

いわばボランティアです。但しツイッター掲示板、自分のブログ上では「ボランティア」という言葉は控え気味にしています。「ボランティア」を否定する考えは全くありません。私の今の活動を故郷福岡にいる母に「微力ながら救済支援活動をしているよ」と伝えたところ、「?」という反応でうまく伝わらず。「ボランティアをしているということ?」との質問が。ボランティアという言葉を使わない場合、それはそれで伝わらないんですよね。
しかしこの言葉が、支援を受けられる側にとって「圧力」に感じらる場合もあるようで。支援を受けられる側の心理は複雑なものと察します。言葉だけの話ではありませんが、少なくとも気をつけることが出来る部分として、「ボランティア」という言葉は控え気味に、また相手の立場を考えて使い分けるようにしています。

その #99japan は現在約150名。みな災害支援ということに特段の経験もない、いわば「一般の人」の有志の集まりです。(「何かしたい」そう思っていらっしゃる方は、よければ参加してみませんか?)
http://twipla.jp/events/6133
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3/26。「 #99japan 」メンバーとして、避難所に直接電話を入れて状況を聞き込み、困りごとに対応できる手段を探す。その活動にトライしました。その初めての連絡先が避難所:いわき市立湯本第二中学校さんでした。私のおぼつかない口どりにも、校長先生からは状況を詳しくお話いただけました。(ここは身一つで避難してきた方がほとんど。災害対策本部さんも入っているが物資が不足。震災後、着替えもできてない。下着類など急ぎ支援いただけたら、との話。)
この声を実際の支援に繋がるよう、どう訴えるか、当然経験もないため、以下のサイトなどから手探りで連絡先を探しました。

 ・ボランティアセンターまとめ
  http://dl.dropbox.com/u/17349006/shien/bolanteer_tel.html

 ・99japanによる東北関東大震災、救助依頼連絡先
  http://ameblo.jp/ktamiya/entry-10829792004.html

 ・災害対策本部(yomiuri.online提供)
  http://www.yomiuri.co.jp/feature/eq2011/information/20110322-OYT8T00692.htm

その結果、福島県災害ボランティアセンター024-522-6540にtel→いわき市災害対策本部0246-22-0123を案内されtel→常磐地区災害対策本部0246-43-2111を案内されtelし状況伝達。災害対策本部からいわき市立湯本第二中学校には毎日巡回し必要物資に聞き込みもされているとのこと。しかし私からの連絡をもとに、再度確認いただけることとなった。
元々災害対策本部さんも入って物資要望聞き込みもされている避難所での物資不足の声。きっと周辺全域で物資不足もわかっているから、避難所として災害対策本部さんへも「これが足りない。」「これが欲しい。」と率直に言えないのではないか?その不足物資をなんとか支援に繋げたいと行動した私ですが、その結果、回りまわって災害対策本部さんへの申し入れになってしまった。
「これで良いのか?!」
悶々とする気持ちを「 #99japan 」メンバーへ打ち明けて相談。お願いタイガー災害掲示板という、物資希望者と提供希望者を繋ぐネット掲示板の存在を教えていただき、早速登録実施しました。
http://onegaitiger.com/saigai/p/217

「物資を送ります!」続々と寄せられるリアクション!支援したいと思っている人がたくさんいることを身をもって感じました。
そして次の難関。「物資を送る手配はしたが、届けることが出来るか確約できない、と物流業者に言われた。無事届くか心配です。」物資提供者からそんな問合せが多数寄せられて。物流ルートがまだ復旧していなかったのです!恥ずかしながらそのことに後から気づきました。
私は現地に居るわけでないから、到着物資が目で確認できない。希望数に対して到着数の管理は物流タイムラグを考慮して読みを立てるしかない、その読みすら物流の混乱により困難な状況でした。幸いここ湯本二中さんは「多めに届いても、近隣の避難者ともシェアします。皆さんからの善意は決して無駄にしません!」そんな心強い声をいただいていた、そのことに支えられました。
4月上旬より、各物流業者の物流ルートも概ね回復し、無事物資は届いていることが確認できて来ました。その後も3日に1回ほどのペースで湯本二中さんにお電話し、状況をお聞きして、タイガー掲示板へ反映しています。
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直近では4/15夕刻にお電話し、校長先生と会話できました。
まず支援いただいた皆様に本当に有難うございますとお伝えください、との話をいただきました。
そして、ここ湯本二中に避難されている方は主に家も流され、身一つで避難されてきた方。現在35名ほど。しかし4/11、12の余震を受けて、自宅避難の方も家屋などに追加ダメージが出る恐れなどから、夜はここ湯本二中に避難に来る方もいらっしゃるようです。そういった方の毛布や寝袋は用意できたとのことです。
昨今必要なもの、生ものを保管する大きめ(300Lクラス等)の冷蔵庫が、避難所として希望したい。中古で構わないので、支援いただけたら有難いです、との話でした。
また今後の仮設住宅への移動に向けて、冷蔵庫(小さめも。)、電子レンジなど、もし譲っていただけら嬉しい、との話でした。(私の聞き込みから、遠慮深めに、そうおっしゃいましたことを付け加えます。)
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<後記>
支援が不足しているところ、死角となっているところは個人宅を中心にまだまだ数多く存在するようです。
私の場合、震災から2週間後という情報も物理的なルートも含めて混乱期であったため、局所的ではありますが、上記のように仲介役として対応させていただくことが出来ました。しかし震災から1ヶ月以上が経過した今でも支援が行き渡っていない所、死角も多くあるようで。。。
#99japanでは少しでも支援が行き渡るようにと、模索してます。
支援を必要としている人が多数居る中で、全国には支援したいと思っている人も大勢居る。しかしその間を繋ぐ人や機能が、足りていないんです。
私も、一人でも多くの方へ支援が行き届くよう、できる範囲で活動を継続していきたいと思っています。
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また、微力ながらの本活動を通じて、避難所、被災地での必死の活動に触れて、逆に私が勇気付けられることも少なくありませんでした。また本活動を通じて、今まで面識の無かった方との交流を通じて、色々なことを学びました。
有難うございます。
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